腕神経叢損傷(わんしんけいそうそんしょう)

腕神経叢とは

人間の体は脳の命令を電気の流れのように脊髄、末梢神経を通じて筋肉に伝え、運動ができます。また、反対に皮膚の感覚を運動と逆の通路を介して脳に伝えます。 手(上肢)の運動は脳の命令を頚髄から出ている5本の神経根、すなわち、第5頚髄神経根から第1胸髄神経根を通って、各々の末梢神経に伝えます。この5本の神経が叢(くさむら)のように複雑に交叉している部を腕神経叢と呼びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5頚髄神経根から第1胸髄神経根から出た神経の支配する運動は大まかに分類しますと第5頚髄神経:肩の運動、第6頚髄神経:肘屈曲、第7頚髄神経:肘伸展と手首の伸展、第8頚髄神経と第1頚髄神経:指の屈曲となっています。 しかし、各神経根は自分の仕事以外にも隣の神経根の仕事も手伝っていますが、その程度は神経根により異なります。

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腕神経叢損傷(腕神経叢麻痺)

腕神経叢損傷は主に交通事故(多くはオートバイ事故)と分娩時の過大な牽引力が腕神経叢にかかることにより発生します。これ以外に腫瘍や放射線障害などで腕神経叢麻痺を起こすこともあります。

損傷程度

腕神経叢損傷は過大な牽引力が腕神経叢に働いたために起こりますが、その程度は損傷により異なります。 脊髄から神経が引き抜けた引き抜き損傷が最も重篤であり、手術により元々の神経を縫合することはできません。(専門的には引き抜き損傷と言う言葉は使わない方が良いとなっていますが、一般の方には、引き抜き損傷の方がわかりやすいので、ここではあえて使用します。以下の断裂も同じです。) 神経が脊髄より末梢で損傷されることを断裂と呼びます。

断裂は一般に神経移植などにより、神経をつなぐことができます。 神経外周の連続性は温存されているのに、神経内の電線、軸索と言いますが、これのみが損傷されているのを軸索損傷と呼びます。



3ヶ月位で麻痺が自然回復します。 神経外周も軸索も切れていないのに、神経自体がショックに陥り、麻痺している状態があります。これを神経虚脱と私達は呼んでいます。3週間以内に麻痺は回復してきます。 腕神経叢損傷では上記の4つの損傷程度が各神経に混在して、麻痺の症状を複雑にしており、診断・治療を困難にしているのです。

損傷高位レベル

麻痺が治るかどうかの予後を決めているのは、損傷程度のほかに、損傷高位レベルがあります。 つまり、脊髄から神経根が引き抜かれているか、神経根より末梢で切れているかが重要な目安になります。

下の図は頚髄の横断面です。 脊髄から神経根は分岐し、腕神経叢を形成します。

下の図は、脊髄から神経根が引き抜かれた損傷で、神経を元にもどして縫合することはできません。

下の図は、神経が神経根より末梢で損傷されています。 断裂と呼んでいますが、専門的には節後損傷と呼びます。 神経移植などにより神経をつなぐことができます。

損傷神経番号と数

腕神経叢への牽引力の強さと損傷時の上肢の位置で麻痺の型が決まってきます。

前にも述べましたが、大まかに神経根が支配する運動は決まっています。

第5頚髄神経根(C5):肩
第6頚髄(C6):肘屈曲
第7頚髄(C7):肘伸展と手首伸展
第8頚髄(C8:手指屈曲
第1胸髄(T1:手指運動


腕神経叢損傷の麻痺の型には全型、上位型、全型不完全回復型の3型があります。 全型は第5頚髄神経根から第1胸髄神経根が全て麻痺する型で、上肢は肩・肘・手首・手指が全く動きません。 上位型は腕神経叢神経根の上位神経根から麻痺していく型で、一般には第5・6神経根型、第5,6,7神経根型、第5~8神経根型があります。

各々、肩・肘の麻痺、手首の麻痺が加わったもの、更に手指の運動の一部が麻痺したものがあります。 これに神経根だけでなく、上図のように神経幹、神経束と呼ばれる部位での損傷が加わることにより、麻痺の形態が複雑になっているのです。

なお、古い教科書には下位型といった麻痺がありましたが、これは全型麻痺の一部、特に第5頚髄神経根の麻痺が部分回復したものであり、現在は全型麻痺不完全回復型と呼ばれています。

診断のポイント

腕神経叢麻痺が自然回復するか、手術で神経がつなげるかの判断のポイントは、神経が①脊髄で引き抜かれているか、②神経損傷の程度、③麻痺の型になります。 特に、①脊髄から引き抜かれていないかどうかの判定が重要です。

この判定には臨床症状もある程度参考になりますが、脊髄造影、CTミエロ、MRI、電気生理学診断の補助診断が必要です。 左図は脊髄造影の写真です。

矢印が引き抜き損傷に特有の偽性髄膜瘤です。 このような引き抜き損傷の所見があれば、いくら待っても自然回復はありませんので、早期に腕神経叢を展開して、再建手術をする必要があります。 ただ、脊髄造影、CT-ミエロ, MRIなどの画像診断でも引き抜き損傷かどうかを100%診断することはできせん。 このような場合には手術的に損傷された腕神経叢を展開して、電気刺激を行い、電気生理学的検査(誘発脊髄波など)を行います。